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┃ 自虐史観の枷を解く ―――――――――― by gosakuさん
☆ 甦れ!日本外交、頑張れ!外務省(討論編3) ――― 2004/12/31

┌──────────「野太郎さん」男性@三十代@会社員@愛媛県

―― gosakuさんの「甦れ!日本外交、頑張れ!外務省(5〜6)」への私感:

甦れ!日本外交、頑張れ!外務省(5〜6)を読ませて頂きました。
gosakuさんのご主張の中で、私としては同意し難い点、或いは疑問点がありま
すので、その点を申し述べさせて頂きたいと思います。

6−「他に見あたらない」とは言えないのでは?
7−外務省のサイトでは別の印象を受ける。
8−他ならぬ日本が支援している「南南協力」
9−六歩三百歩。
10−"全く"という言葉の重み。

―――― 6.「他に見あたらない」とは言えないのでは?

(5)において、gosakuさんは以下のように述べられておられます。
┌--------「引用開始」
現状では、対中ODAほど日本国民の間で反発の強い国家事業は他には見当た
りません。これを放っておくと「中国への援助。ODAはけしからん」という
ことから、ODA全体に対する国民の信頼性が失われていくでしょう。

さらには、中国自体に対する反発も不必要に高まっていくでしょう。
ーー対中ODAは、いまやそうした進行性のガンのような毒性を持つに至って
いるのです。
└--------「引用終了」
『対中ODAほど、日本国民の間で反発の強い国家事業は他には見当たりませ
ん』との事ですが、「自衛隊のイラク派遣」という国家事業も、問題化してい
ると私は思います。イラク派遣に対しては、その延長を決定した直後の世論調
査で内閣支持率は低下しています。

もちろん、北朝鮮から持ち帰った(横田さんのものとされる)遺骨がDNA鑑定
の結果、他人のものだと確認された事件を巡って、政権の姿勢に対する批判に
なったのは事実でしょう。ですが、イラクへの自衛隊の派遣期間を延長すると
いう決定は、対中ODAを継続することよりも『日本国民の間で反発の強い』
国家事業だと思います。

―――― 7.外務省のサイトでは別の印象を受ける。

(5)において、gosakuさんは以下のように述べられておられます。
┌--------「引用開始」
―― 日本の対中ODAを止めるべき理由はいろいろあります。
まず第一に「ODA大綱」の四原則のうち、四つのすべてに違反しています。

┌--------「参考資料:四原則」
│
│日本がODAを供与するにあたっては、その対象国において四原則が守られ
│ることが必要である。
│
│1 開発と環境保護が両立されること。
│
│2 ODAが、軍事的用途や国際紛争助長のために使用されないこと。
│
│3 ODAが、大量破壊兵器やミサイルの開発製造、および武器の輸出入の
│  ために使用されないこと。
│
│4 ODA対象国において、民主化が促進され、市場型自由経済が発展し、
│  基本的人権および自由の保障がなされていること。
└--------
└--------「引用終了」

ですが、この「四原則」の解釈は、外務省のサイトに述べられている考え方に
比べて厳密過ぎるように感じられます。というのも、外務省のサイトの
【 トップページ >> ODA政策 >> ODA大綱 】
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/taikou/taiko_030829.html

の部分を参照しますと、以下のようになっているからです。
┌--------「引用開始」
II.援助実施の原則

上記の理念にのっとり、国際連合憲章の諸原則(特に、主権、平等及び内政不
干渉)及び以下の諸点を踏まえ、開発途上国の援助需要、経済社会状況、二国
間関係などを総合的に判断の上、ODAを実施するものとする。

(1)環境と開発を両立させる。
(2)軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避する。
(3)テロや大量破壊兵器の拡散を防止するなど国際平和と安定を維持・強化す
  ると共に、開発途上国はその国内資源を自国の経済社会開発のために適正
  かつ優先的に配分すべきであるとの観点から、開発途上国の軍事支出、大
  量破壊兵器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入などの動向に十分注意
  を払う。
(4)開発途上国における民主化の促進、市場経済導入の努力並びに基本的人権
  及び自由の保障状況に十分注意を払う。
└--------「引用終了」

外務省のサイトは誰でも閲覧できるはずです。むろん、外務省のサイトで外務
省にとって都合の悪い情報を流している筈はなく、これは実際にサイトを管理
し、かつ外交を担当している外務省の言い分なのですが、問題が起きて"から"
援助を止めることを容認する内容になっています。
----というか、問題が表面化しなければ止めなくてよい、という内容です----

これに関しては【ODA白書2003年版】の、【本編 > 第T部 > 第2章
 > 第2節 > 1.基本的な考え方】の部分にもう少し平易な文章が載せられ
ています。

―――― 8.他ならぬ日本が支援している「南南協力」

また、(5)においてgosakuさんは以下のように述べられておられます。
┌--------「引用開始」
第二に、中国自身が年間500億円、600億円という巨額な資金を他の諸国
に援助として与えているのです。日本からもらう分の3分の1近い金額を、旧
ユーゴスラビア・ベトナム・カンボジア・ラオス、最近ではパキスタン・イン
ドにまで供与しています。これはどう見てもおかしな倒錯状態です。
└--------「引用終了」

しかしこれに関しても、他ならぬ日本が「開発途上国(新興援助国)自身による
他の発展途上国への援助」いわゆる「南南協力」を支援する、という外務省の
言い分には矛盾しません。
子供たちの世話を親だけがするのではなく、長子にも協力して貰えれば、親た
ちにとってもありがたいのは確かです。

―――― 9.六歩三百歩。

(6)において、gosakuさんは以下のように述べられておられます。
┌--------「引用開始」
―― 中国に擦り寄る日本の政治家たちが多過ぎます。

親中国国会議員という人々もたくさんいます。そういう人たちの中には、中国
から「このプロジェクトに円借款をつけてほしい」と頼まれるケースもありま
す。そういう政治家で、外務省にこうした要望を取り次ぐ人もいます。

とにかく、中国と関係を持っている議員は大変な数に上ります。そして、ほと
んどの人が、年に最低一回は中国詣でをしています。そして中国首脳と会いた
がる人が多いのですが、これはもう止めるべきです。
└--------「引用終了」

gosakuさんは、12/24付けの投稿で述べられたように、「日本は、金儲け
のために米国やロシアに土下座外交する必要はない」と考えておられると聞き
ました。そうであるならば、上記の引用部分における「中」という漢字を全て
「米」に置き換えても、gosakuさんの意見としては矛盾しないはずです。

しかし、gosakuさんのご発言を読む限り、米国に擦り寄る日本の政治家たちに
対し、このような非難と提言がなされていたようには思えません。
米国に擦り寄る日本の政治家たちは、(掃いて捨てるべきですが)掃いて捨てる
ほどいます。

国際協力だとか戦後復興だとか、名前を飾ることは安価に実行できますが、例
えばアフガニスタン復興支援という事業も、「阿片栽培を推奨するために行っ
ている」と非難されても抗いがたいのが現状です。米国に攻撃される前の時期
には、あの国にあったタリバン政権は、宗教的にケシの栽培を禁止し、同国の
阿片の製造と輸出は激減していました。

麻薬追放を念願していた英雄アハマド・シャー・マスードの暗殺と、他ならぬ
タリバン政権の崩壊によって、アフガニスタンにおけるケシ栽培を止めるため
の措置は採られなくなりました。今では、アフガニスタンは世界最大の輸出国
です。

また、イラクへの復興支援として日本は自衛隊を派遣し、イスラム諸国の憎し
みと不信を買い出しに行きました。これが、これらが「対米従属」でなければ
他の何なのでしょうか。そして、米国が現地政府を空爆と地上軍で粉砕した後
日本にとって何の国益がもたらされたのでしょうか。

これらの従属外交、国益の大バーゲンこそ、「政権の暴走」そのものです。

これにブレーキをかけるべき立場にいた方々は、殉職した上で「空席の机から
文書が失われる」という異常事態に至りました。私は、奥氏のバグダッドの机
からなくなった文書があると聞き及んでおります。

これらは、奥氏らを葬ったのが「米国の意を受けたテロリスト」或は「米軍に
攻撃されない暗殺者」である事を指し示すものと思いますが、外交官達にとっ
て「政治に抗う」という事がいかに難しいか、それを示す実例になってしまっ
ていると考えます。

日本が過去に、いかに大きな額の米国国債を買い込み続けてきたか、--しかも
圧力をかけられて売りに出せない状態なので、これこそ贈与?--それが何兆円
に達するのか、多くの人は、その額を知っているのでしょうか。

私の聞いている限りでは3百から4百兆円に達しているはずです。累積で6兆
円という対中ODAの額が、(それに比べれば)いかに「小さい」ものか、知っ
ておられるのでしょうか。日本にとって死活の問題を与えているのは今も米国
であって、中国との関係はそこまで重くはありません。

私たちは、基礎的な数学的能力を会得しているはずです。
ですから、問題の重要性は、数字で理解できるはずです。

「五十歩百歩」という故事がありますが、「五歩百歩」という故事は聞きませ
ん。まして「六歩三百歩」という事もありません。しかし、私たちは三百歩も
逃げた兵を見逃して----というか、もう見えないか?----六歩逃げた兵だけを
詰問しようとしているのです。

―――― 10.「全く」という言葉の重み。

なお、日本財団の長たる曾根綾子氏が、(6)に引用された「新潮45」誌に寄
せられた一文を読む限り、ティクリットに向かう途中で銃撃された方々も含め
て、
┌--------「引用開始」
危険も承知で外国に赴任し、世界平和のための奉仕貢献にも努力する役所だと
いう看板を掲げたかったであろう。しかしこれらはすべて掛け声だけであって
事実とは全く反対であった。
└--------「引用終了」

このように考えておられる事に関して、「全く」という言葉の重みを知らない
方だと評価させて頂きます。彼女は作家だったはずですが、作家にとって言葉
は単なる「商売の道具」に過ぎないのでしょうか。

自ら望んで戦って死んだ人にも、哀悼の意を示すのは普通でしょう。自ら望ま
ずに戦いに巻き込まれ、殺されてしまった奥氏らに対し、曾根綾子氏が哀悼ど
ころか侮蔑の意を示している事は、強調し足りない事はあっても強調し過ぎる
事はないと信じます。

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