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心が元気になる話 ――――――――― by hideおじさん

☆ 南の空の英雄(2)―知られざる日本人の功績 ―――― 2008/06/09
ーーー東京港区「青松寺」は、高層ビルの挟間にある小さな寺である。

その一角に小さな記念碑が残っている。
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市来龍夫君、吉住留五郎君へ

独立は一民族のものならず、全人類のものなり

1958年8月15日 東京にて スカルノ
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市来龍夫、吉住留五郎、明治生まれの無骨者である。

両名とも南海に憧れ、蘭印=オラン領インドネシア)に渡り、現地の新聞記者
=日蘭商業新聞)となった。

インドネシア独立を願い、日々ペンを以って戦っていた彼らは、蘭印政府から
目の仇にされ、逮捕・投獄、その後日本に追放されてしまった。

しかし、それでもインドネシア独立への情熱は変らず、大東亜戦争が始まると
市来は陸軍宣伝班として、吉住は海軍武官府にて民族主義運動工作担当で再度
インドネシアの地を踏む。

終戦後、オランダはこの地を改めて植民地にすべく弾圧を強めたが、既に日本
がまいた独立の芽吹きを抑えることはできなかった。

市来、吉住両名は終戦後も現地に残り、インドネシア独立運動に身を投じるこ
とになる。両名とも、軍事参謀指揮官としてインドネシア各地を転戦して廻っ
たが、

しかし、

結核を患っていた吉住は1948年、セゴンの山中にて戦死、市来も続くよう
に1949年ダンペッドの戦いの最中、壮烈な戦死を遂げる。

インドネシア独立戦争に身を投じた日本兵は、その数約2千人とも言われる。

その2千の英霊とともに、市来、吉住両名も「インドネシア英雄墓地」に埋葬
されている。

以来、市来、吉住は、1945年のインドネシア独立宣言の将にその場にいた
日本人としてインドネシア人の心に深く刻まれている。

初代インドネシア外相スバルジョは、この2名の日本人に宛ててこんなコメン
トを寄せている。
┌--------
インドネシア独立宣言の達成に際し、真摯且つ誠実に我々を援助してくれた日
本の友人がいたことを、私は死ぬまで忘れません。
└--------

日本で「市来龍夫」「吉住留五郎」の名が語られることは全く無い。

彼ら日本人が係ったインドネシア独立宣言には、こう謳われている。
┌--------
我々インドネシア民族は、ここにインドネシアの独立を宣言する。
権力の移行その他に関する事項は、適当且つ迅速に処理される。

17.8.05
└--------
05年8月17日となっているが、1905年でも2005年でもない。

皇紀2605年という意味である。

インドネシアが、何ゆえその歴史に留める独立宣言のその日を、

「皇紀2605年」

としたのか、――――我々は一度考えなければならないのではないだろうか。

                        = この稿おわり =
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◇ 本当に心が元気になるいい話! ------------------------ 32人 (52%) ◇ 知らなかった..初めて知った -------------------------- 23人 (37%) ◇ 日本人を美化し過ぎじゃないか ------------------------ 7人 (11%)
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ お寄せいただきましたご意見や感想。 ┗━┛
┌──────────「ミカの赤い服さん」 hideおじさん、ご無沙汰していました。 インドネシア独立戦争で、大勢の元日本軍人が戦ったことは知っていました。 けれど、独立宣言文に日本の皇紀で日付が刻まれていたとは驚きました。 彼の地のために血を流した日本人が、それだけ尊敬されていたのでしょうね。
└────────── ┌──────────「hideおじさんから」
いつもコメントお寄せいただきまして本当にありがとうございます。 インドネシアだけでなく、東南アジア各地で、戦後も独立運動の為戦った日本 人がいます。しかし、私たちは全く彼らの存在を知りません。 いろいろ問題がある旧ビルマ(ミャンマー)でさえ、軍隊の国旗掲揚には日本の 軍艦マーチが演奏されるといわれますし、各地で旧日本が与えた影響を見るこ とが少なくありません。これは、現在の教育でいわれる「アジアの侵略」とい う視点のみでは決して説明がつくとは思えません。 尊敬される日本人は、戦前であろうが戦後であろうがいつでもいたはずです。 その人たちに思い巡らせることも、子供たちに伝えるべき教育ではないでしょ うか。 └────────── ┌──────────「地の球さん」 1996年の4月末に、マレーシアから現地のパックツアーでスマトラ島へ旅 行しました。インドネシアのツアーガイドが、一人参加の日本人の私にだけ、 “彼の父親が日本軍人から軍刀をもらって大事にしていた”と話してくれまし た。 このような本当の歴史を知らなかった私は、興味無さそうに聞いていました。 もっと色々と、軍刀にまつわる話をしたかったのではないかと、今にになって 気がつきました。謝罪すべきかのごとく感じていた私にとって、彼の話しぶり を何とも奇妙に感じていました。 漸く明白になりました。何とも間抜けな応対をしていた自分自身を、情けなく 感じます――――。 有り難うございました。隠された事実をもっと教えて下さい。
└────────── ┌──────────「hideおじさんから」
非常に貴重なご経験をされたようで羨ましい限りです。 戦前の日本、日本軍が良い事ばかりだったとは申しませんが、全てが「悪」と 捉えてしまうと、本当に日本が成すべき事が分からなくなってしまうのではな いかと思います。 アジアを愛した日本人、また、現地でも記憶に残っている日本人に対して、私 たちが正当な評価をしなければ彼らの努力は無駄になってしまうのではないで しょうか。日の当らないところにこそ、今の私たちが学ぶべきことがあるので はと思います。 これからも少しずつご紹介できればと思っています。 └────────── ┌──────────「高杉晋作さん」60代@男性@会社役員@近畿 不思議に思うことがありまして、失礼とは思いますが思い切って質問いたしま す。 太平洋戦争の英霊を悪く言う気持は毛頭ありません。が、弔意をささげつつで すが、英霊のおかげで今の平和がある、繁栄があるとは全く思えません。なぜ 今の平和・繁栄があると言えるのでしょう? また、神風特攻は戦争指導の誤りであり、英霊はその犠牲者であろうと考える のですが、誤りなら如何に考えるべきか、教唆をお願いいたします。 東南アジア・南アジアに対しては植民地解放の意義があると思っております。
└────────── ┌──────────「hideおじさんから」
高杉晋作さま、コメントお寄せ頂きありがとうございました。 大先輩に対して教唆などおこがましくて身がすくむ思いです。 私は、英霊が物理的・実質的に現在の平和と繁栄に寄与したとは思いません。 しかし、大東亜戦争全ての犠牲者を含めて、失われてしまった彼らの明日を、 残された者がどのように創り出していくか、そこに思いを巡らし、戦後の日本 人は彼らに恥じないように頑張ってきたのではないでしょうか。 例えは良くないかもしれませんが、今の私たちも身近な人が亡くなった場合、 「彼の死を無駄にしない」とか「彼の分まで頑張ります」などと言います。 勿論、亡くなった彼が自分に何かしてくれる訳ではありませんが、彼の存在を 抜きにして「今の自分の生活がある」とは私は言えません。 彼がこの世に存在していた事実と意義、残された者が受け継ぎ未来に残してい こうとするからこそ、日本はいち早く復興し頑張ってこれたのだと思います。 要は「心のあり方」ではないでしょうか。  一般民間人を含めて、亡くなった多くの方々、その死を意義のあったものにす るのも、単なる犠牲者とするのも、残された私たちの心ひとつだと思います。 他の方のコメントに対して申しましたように、私は「特攻」自体を戦術として 認めている訳ではありません。どだい戦術などといえるものかとも思います。 でも、それは今の価値観だから言えることであって、あの時代においてはどう だったのかを思うと、私は特攻隊員に面と向かって「あなた方は戦争指導者の 誤った戦術の犠牲者です」とは申せません。 私の叔父も「桜花」という特攻で亡くなりましたが、彼の遺書、日記には一切 恨みつらみは記されていません。ただ家族を思いやる気持だけが綴られている だけです。 頭の良かった人だったそうですから、「特攻」がどのようなことか判っていた でしょうし、「戦術」としてどうかということも判っていたでしょう。それは 「命令」だからとか「軍国主義教育」だからということで説明できるものなの でしょうか。 「間違った戦術だ」というのは、私が言わなくても本人が一番良く判っていた はずです。それでも多くの若者が粛々と飛び立っていったのは何故でしょう? 20歳という若さで亡くなった叔父が、この世に残したかったものはいったい 何だったのか、残された者に何を伝えたかったのか、それを思うと、生まれた 時から平和で飢えることもなく育った私が彼らをして「悲劇」とか「犠牲者」 というような言葉で表現してよいものなのか疑問です。 無論、人の死をことさら「美化」するものではないかもしれませんが、大東亜 戦争で亡くなった多くの方々に対し、本当に学ぶべきことは何なのか常に考え 続けてことが、平和を呼び繁栄の糧になるのではないでしょうか。 最後に、 フランス人ジャーナリストのベルナール・ミローの著書「神風」からの一文を ご紹介したいと思います。 ┌-------- これら日本の英雄達は、この世界に純粋性の偉大さというものについて教訓を 与えてくれた。彼らは1000年の遠い過去から今日に、人間の偉大さという すでに忘れ去られてしまったことの使命を、取り出して見せつけてくれたので ある。 └-------- 外国人がその意義を説いております。これは、本来なら私たち日本人がすべき ことではないでしょうか。特攻隊員を含め、大東亜戦争での犠牲者を単なる犠 牲者にしているのは、どこか自分を第三者において責任逃れをする私たちなの ではないでしょうか。 └──────────
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┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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