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帝国電網省 ―――――――――― by 竹下義朗さん
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☆ 東洋のマタハリ川島芳子は漢奸ではない ――――― 2009/10/09
原著 2005/08/12
ーーー皆さんは「川島芳子」という女性をご存じでしょうか?
http://chinachips.fc2web.com/photo2/td/kawashima_yoshiko1.jpg
彼女は、昭和6(1931)年に勃発した満州事変以後、上海事変、支那事変=日華
事変・日中戦争)を通じて、日本軍の特務(スパイ)として諜報活動に従事し、
その美貌と活躍から、人は彼女を東洋のマタハリ・東洋のジャンヌダルク・満
洲のジャンヌダルク・男装の麗人などと呼びました。
そんな彼女でしたが、大東亜戦争(太平洋戦争)の終結に伴い、北京に於いて蒋
介石の国民政府に捕らえられ、漢奸=売国奴として裁かれ、昭和23(1948)年
3月25日、国民党の手によって銃殺刑に処されました。時に41歳。
しかし、以前のコラムに於いて、漢奸として裁かれた清朝最後の皇帝(宣統帝)
にして満洲国皇帝(康徳帝)だった愛新覚羅溥儀が漢奸ではない事を論じたのと
同様に、川島芳子もまた漢奸ではなかったのです。
という訳で、今回は川島芳子について触れてみたいと思います。
漢奸──前出のコラムに於いても触れましたが、これは支那(中国)に於いて売
国奴を指す言葉で、字義通り受け止めれば、
「漢」民族を裏切った「奸」物
という事になり、漢奸として裁かれた愛新覚羅溥儀が満洲族出身だった事から
そもそも漢奸の前提である漢民族という要素すら満たしていなかった事を根拠
に「漢奸に非ず」という結論を導き出しました。
それでは、川島芳子はどうなのか?
その名前(日本名)から、矢張り漢奸ではなかったのか?ーーーたしかに彼女は
溥儀同様、漢奸でもなんでもありません。しかし彼女は実は日本人ではなかっ
たのです。
川島芳子。彼女の本名は、愛新覚羅顕[けんし]、またの名を金璧輝。
そう、彼女は日本人ではなく、「愛新覚羅[アイシンギョロ]」の姓が指し示す
とおり、溥儀の親戚=れっきとした清朝皇族だったのです。
彼女は清朝第2代皇帝・太宗ホンタイジ(皇太極)の長子粛武親王ホーゲ(豪格)
を祖とする清朝八大家=日本皇室の宮家に相当し、礼親王・豫親王・順成親王
・庄親王・鄭親王・粛親王・克勤郡王・睿親王の八世襲王家)の筆頭、粛親王
善耆[ぜんき]の第十四王女として、光緒33(1907 明治40)年5月24日に、
この世に生を受けました。
余談ですが、彼女の父、粛親王善耆は、清朝皇族の中でも名門中の名門であり
四国の二倍以上の広大な領地を有する実力者でした。
そんな名門に生まれた王女が、何故、川島芳子という日本名を名乗る事となっ
たのか? 日本の特務として活躍することになったのか? 不思議に思われる
方もおありでしょう。
時は宣統3(1912 明治45)年。前年勃発した辛亥革命によって清朝は滅亡しま
した。日清・日露の両戦争に於ける日本の勝利に伴い、大陸で一旗揚げようと
いう日本人──所謂「大陸浪人」が次々と支那・満州へ進出。
その中には、満蒙工作=満蒙の独立や同地への日本の進出)を図る日本人達も
数多くいました。そして、そんな大陸浪人の一人に川島浪速[なにわ]という人
物もいたのです。
彼は、満蒙独立を画策する大陸浪人の中でも大物で、満州人・蒙古人にも多く
の知己を持っていました。そんな川島に接近したのが、革命に際して、当時、
日本の統治下の旅順に亡命した粛親王だったのです。
粛親王は、満蒙独立運動に情熱を傾ける川島に、滅亡した清朝再興の夢を託し
(後にその夢は満洲国として花開く事となる)、意気投合。
1913(大正2)年、川島に子供がない事を哀れんだ粛親王は彼と義兄弟の契
りを結んだ上で、6歳になっていた娘、顕を川島の養女にし、ここに日本人川
島芳子が誕生したのです。
川島夫妻は顕に「良雄」と命名すると同時に、乗馬・剣道等をさせ「男の子」
として養育し始めました。後年、男装の麗人の異名を得る事となる彼女の男性
気質は、多分に幼少期の養育環境に因るところが大きかったのでしょう。
そんな「良雄」も、所詮は女性。名を「良子」更に「芳子」と改名。東京府内
の豊島師範附属小学校から跡見女学校に進学。川島の転居に伴い、長野の松本
高等女学校へと転校したのですが、
http://chinachips.fc2web.com/photo2/td/kawashima_yoshiko2.jpg
同校での振る舞いが祟り、1922(大正11)年、実父・粛親王危篤の報に際
して旅順へ飛び(死に目には会えなかった)、半年後、帰国するも復学が認めら
れず、以後は浪速独自の家庭教育で育てられることになりました。
そんな彼女に転機が訪れたのが17歳の秋の事。彼女は自殺未遂事件を起こし
事件後、頭を五分刈りに断髪し、「永遠に女を精算した」のでした。
その後芳子は、短かった髪の毛が元に戻ったのを機に、1927(昭和2)年、
蒙古の王族にして将軍であったパプチャップ(巴布札布)の令息カンジュルジャ
ップと結婚しますが、その結婚生活も性に合わなかったようで、僅か2年で離
婚。
その後、芳子は上海へと渡り、表向き上海公使館付駐在武官の肩書きを名乗っ
ていた特務機関員・田中隆吉陸軍中佐と交際するようになり、それがキッカケ
で彼女もなた、特務への道を歩むようになったのです。
その後の活躍については割愛しますが、1992(昭和7)年、清朝最後の皇帝
溥儀を執政=国家元首)に満洲国が建国されると、芳子は首都・新京へと飛び
満洲国女官長=満洲帝室護衛係)に就任。
翌1933(昭和8)年には、満洲国安国軍総司令として関東軍の熱河作戦に従
軍する等、溥儀一家を支える事となります。
そして時は流れ、運命の昭和20年8月15日を迎えます。
日本の敗戦と、終戦直前のソ連軍による満洲侵攻によって満洲国は崩壊。
国外脱出(日本亡命)を図った溥儀はソ連軍によって拘束されましたが、芳子も
また、北平(北京)で中国国民党軍によって逮捕されて、漢奸容疑で訴追され、
1947(昭和22)年、死刑判決が下されました。しかし芳子は、
「日本人であると証明されれば助かるかもしれない」
という一縷の望みに賭けましたが、そんな淡い希望は打ち砕かれ、翌1048
(昭和23)年、再審請求は棄却。同年3月25日、北平第一監獄に於いて銃殺
刑に処されました。享年41歳。
その冷たくなった彼女のポケットからは、彼女が幼少時代から好んで口ずさん
でいた詩の書かれた一片の紙切れが出てきたそうです。
┌--------
家あれども、帰り得ず
涙あれども、語り得ず
法あれども、正しさを得ず
冤あれども、誰に訴えん
└--------
さて、ざっと川島芳子について触れてみた訳ですが、彼女は支那が断罪したよ
うな漢奸だったのでしょうか?
彼女は元々、溥儀同様、清朝皇族=満洲族の出身でした。その後、川島浪速の
養女となり日本人となったのです。つまり漢民族を裏切った奸物たる漢奸とは
到底いえない訳です。
加えて、何故、彼女が日本の特務として活躍したのか?
ただ単に、愛する田中隆吉に勧誘されてその道に入ったに過ぎないのか?
彼女は、満洲族の王朝国家、清朝の王女でした。その清朝は、物心つく頃に革
命によって倒されてしまいました。そしてその後の彼女の活躍と、満洲国に於
ける彼女の行動を考えれば、おのずと答えは導き出されます。
彼女は、実父・粛親王の願い、
「滅亡した清朝の再興」
実現の為、さらに、再興された清朝=満洲国の為に、特務として協力・活躍し
たのでしょう。愛する民族=満洲族・祖国=満洲国の為。
そんな彼女の行動を、漢民族=支那人が、漢奸=漢民族を裏切った奸物として
果たして断罪でき得るものなのか?
私は到底、そんな論理で彼女を裁くことなどできないと思いますし、よくも満
洲国滅亡後、彼の地満洲を盗取した支那に、そのような事を口にする権利すら
ないものと考えていますが、
ーーー皆さんは如何感じられたでしょう?
= この稿おわり =
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┃●┃ 読後アンケートの結果。
┗━┛ ◇ そうだ、このとおり! -------------------------------- 66人 (79%)
◇ よく分からない -------------------------------------- 5人 ( 6%)
◇ 満州族も中国人だ! ---------------------------------- 5人 ( 6%)
◇ 知らなかった..初めて知った -------------------------- 8人 (10%)
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┃●┃ お寄せいただきましたご意見や感想。
┗━┛ ┌──────────「川島良子は生きていたさん」
川島良子の特集をテレビでやっていました。そこで川島良子は生き延びていま
す。粗筋は、
川島良子は刑務所に入っていたけれども、処刑される日には、通常は公開処刑
なのに秘密裏に処刑され、その遺体のみが刑務所から出され、報道陣に公開さ
れた。その顔は銃弾により誰か分からないようになっていた。しかし、髪の毛
は長かった。
解説によると、アイシンカクラ家から当時の中央役人や刑務所長に莫大な金額
を贈与したとアイシンカクラ家の人が語っていた。そして川島良子は、人知れ
ずある場所で、養女として静かに過ごしていた。
また、ある寺に自分の遺骨を納める場所を確保していたが、番組の担当者が訪
れた為に、後に訪れた時は取り払われていた。
川島良子は隠遁生活をおくっていたが、リコウラン=山口淑子)のレコードを
持っていて、擦り切れるほど蓄音機で聞いていた。その養女が、日本に来て山
口淑子に会って、その時にそのレコードを渡している。
ーーーこの番組名は忘れたが、今年だったと思う。
└──────────
┌──────────「シンボーさん」
清朝の皇族が清朝の復辟のため働くのは当然である。
たしか新書の「馬賊」だったと思うが、国府の仕組まれた裁判に際し、見事な
法廷戦術を展開、判事が絶句することもしばしばで、傍聴していた北京(?)の
父老は「さすが皇族、成り上がり者とは違うわい…」と感嘆したとか。
└──────────
┌──────────「権兵さん」70代@男性@関東
川島芳子は漢奸ではないについて 重大な誤りがある。
確かに満州族と漢族の区別ならばそうも言えるだろう。しかし彼女は満州族の
前に中国人なのである。川島浪速なる人物の養子縁組をしたことになっている
が 正式に日本国籍を得たわけではないこと。
中国の国籍法では、父が中国国籍ならば子も中国人となる。
彼女は中国に弓を引いた人物として断罪されたのである。あまり中国の事を知
らずして妄説を言うべきではないと思うよ。
なお、川島浪速なる人物は、今ならばエロ爺と言われるであろう。風評として
火のないところに煙は立たずと言う。
└──────────
┌──────────「ma_ohさん」
亡き祖父が上海で、中国のスパイをさせられていた白系ロシア人をとり調べた
ことがあったそうです。情報入手によっぽど苦労していたので、坊主憎けりゃ
袈裟までになったんですかね。
└──────────
┌──────────「緑の保守派の尊野ジョーイさん」30代@男性
支那中共の軍事的脅威を心配されている人が少なからずいますが、私は楽観視
しています。
なぜならば、支那というのは大陸国家(ランドパワー)であり、大陸国家は日本
のような海洋国家(シーパワー)には勝てないからです。
詳しくは、ブログ『日々是勉強』の「海洋覇権国家・中国」は誕生するのか?
1〜3を参照してください。
http://roronotokoro.blog113.fc2.com/blog-entry-222.html
http://roronotokoro.blog113.fc2.com/blog-entry-223.html
http://roronotokoro.blog113.fc2.com/blog-entry-224.html
第一次世界大戦のドイツを例に挙げて、
1)世界2位の海軍力には何の意味もない。
2)シーパワーに喧嘩を売ると、隣接するランドパワーと手を組んで逆襲して
くる。
3)ランドパワーが海軍増強に走ると、肝心の陸地でも勝てなくなる。
と、はっきりと明言しています。
チベットやウイグルは陸続きだからやられてしまいましたが、海を隔てている
日本には同じようにはいかないということですね。
それに、支那が世界の覇権を握るほどの力があるとも思えません。自国民の暴
発を押さえるので手一杯ではないですか。
もちろん、山本一太さんが主張するように、日本と支那とは、お互いにwin
winの関係=両方が得をする戦略的外交が必要だと思いますけどね、無策で
はいけません。
ただ、強行一本槍の外交というのも、あまり得策ではない気がします。相手も
頑なになってしまいますし。ポーズとして、時には強気で出る必要もあるかと
思いますが。(むこうをつけ上がらせないために)
└──────────
▼
┌──────────「中村忠之さん」
―― 緑の保守派の尊野ジョーイさん説に半反対&半賛成!?
わたしも緑の保守派を自負する、縄文塾中村忠之です。さて、半反対&半賛
成と解りにくいことを書きましたが、チャイナがランドパワーの国であると
いう部分は賛成、ですが、日本がシーパワーだという部分には反対だからで
す。
詳しくは私の“縄文への道” http://joumon-juku.com/ のメニューから、
葬送曲“日本海洋国論”および序曲“新海洋国家像”をご参照下さい。
http://joumon-juku.com/kaiyou/index.html
ここには「海に囲まれているから海洋国」という単純極まりない硬直発想から
の脱却に加え、かつての古典的地政学が新兵器の発達(現在はミサイル)によっ
て大いに陳腐化しているという現実、加えて、今後日本が新しいタイプの海洋
国として生きていくべき事を指し示したつもりです。
特に今の民主党首脳の顔ぶれと、屈辱的友愛外交を見れば、私の説と相俟って
危機的状況を招来する危惧を感じます。
もう一つ、なんといってもランドパワー+軍閥システムを持つチャイナ=同じ
国内でランドパワー派 VS シーパワー派の綱引きで前者が圧倒的に強いこと、
それに、アメリカしか保有しない軍事ハイテクの固まりである空母をチャイナ
が運用できるかという技術論も加わるでしょう。
ついでといっては語弊がありますが、厳しい予算を強いられる防衛省、無いも
のねだりでなく現実駅な要望を、と言う意味合いで、
同じく「時事小論」 http://joumon-juku.com/jiji_syouron/99.html に、
“F22は潔く諦めなさい!”として、小型空母とB35の=垂直離着陸艦タ
イプの導入案を挙げていますのでぜひご高覧下さい。
└──────────
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┌──────────「緑の保守派の尊野ジョーイさん」
中村忠之様、私の拙論にコメントしていただき、ありがとう御座います(^^
あの内容は、ろろさんという方のブログを引用しているだけで特に自分の意見
があるというわけでもありません。
中村さんからご紹介していただいたエントリーには目を通してみました。
その後、体調は回復していたのですが、また少し落ちました(^^;
〜〜〜うーん、頭があまり働きません(^皿^;
ろろさんはだいぶ変わった視点からランドパワーとシーパワーを定義している
ようなので、その点に関しては食い違ってくる部分も出てくるかと思います。
そこに関しては、これから勉強していこうと思いますので、よろしくお願いし
ます(^^ゝ
└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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