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帝国電網省 ―――――――――― by 竹下義朗さん

この記事中の画像は全て「帝国電網省」の該当ページより転載しています。
☆ 旧宮家の皇籍復帰は不可能なのか ―――――――― 2009/10/30
                        原著 2006/01/20

皇位継承問題において、男系継承維持派の間で必ずといってもよいほど話題に
上るのが、昭和22年に「皇籍離脱(実際には皇籍剥奪)」された旧宮家の方々
の「皇籍復帰」に関する期待であり要求です。

斯[か]くいう私自身も、旧宮家の方々の中に男子がおられる事に鑑[かんが]み
それらの方々に皇籍に復帰して頂き、その上で皇位継承資格を付与すべきもの
と考えています。

しかしながら、女性天皇=女帝・女系天皇推進派は、
┌--------
昭和22年の皇籍離脱から既に60年もの歳月が流れており、今更、一般国民
=民間人として過ごしてきた旧宮家の人達を皇籍に復帰させ、皇位継承資格を
付与するなど非現実的だ。
└--------
などと主張し、旧宮家の皇籍復帰に否定的な主張をします。

なるほど、たしかに旧宮家と雖[いえど]も、一度、皇籍離脱=臣籍降下した訳
だからなにを今更・・・という意見も分からなくはありません。しかしそれで
も、私は旧宮家の皇籍復帰を望みますし、皇位継承資格の付与も支持します。

何故ならば、長い皇統の歴史の中で、過去に一旦皇籍離脱したにも関わらず、
その後、皇籍復帰を果たし、更には即位した天皇が存在していたからです。

というわけで、今回は旧宮家の皇籍復帰問題を、かつての先例を通して考えて
みたいと思います。

時は平安時代の仁和3(0887)年、先帝=第58代・光孝天皇の崩御に伴い、新
帝が即位しました。これが後に「宇多[うだ]天皇」と追諡[ついし]される事と
なる帝です。

宇多天皇は貞観9(0867)年、第54代・仁明[にんみょう]天皇(在位833―850)
の第三皇子、時康親王=後の光孝天皇(在位884―887)の第七皇子としてこの世
に生をうけました。

御名を定省[さだみ]と命名された皇子は、元慶8(0884)年、陽成[ようぜい]天
皇(在位876―884)の廃位に伴い、父・時康親王が55歳という高齢で即位する
と、他の兄弟姉妹と共に皇籍離脱=臣籍降下し、源姓を下賜[かし]され、以後
「源定省」と称するようになります。

しかし、父・光孝天皇が病に倒れると、仁和3年、父帝のたっての希望で皇籍
復帰すると同時に、親王宣下[せんげ]を受け、立太子の翌日、父帝の崩御に伴
い即位しました。

つまり宇多天皇は、皇族に生まれながらも、皇籍離脱して「源氏」となり、後
に皇籍復帰して即位した天皇であったわけです。しかし中には、
┌--------
確かに宇多天皇は、一度、臣籍降下した後、皇籍復帰を果たした上で即位した
天皇だが、宇多天皇が臣籍=現代風にいえば「一般国民」にあったのはたかだ
か3年間。

それに対して旧宮家は、皇籍離脱してから既に60年もの歳月が流れており、
比較対象にはならない。ましてや元皇族の子孫となれば、生まれながらにして
一般国民であり、彼らを皇族にするなどというのは甚だナンセンスだ。
└--------
といった主張をする人もいるでしょう。御説ごもっとも。

しかし、それでも敢えて私は旧宮家──元皇族の御子孫をも含む皇籍復帰を支
持します。それは何故なのか? 実はこれにも先例があるからなのです。

ェ平9(0897)年、宇多天皇は皇太子・敦仁[あつひと]親王に譲位しました。

このとき即位したのが、後に醍醐[だいご]天皇と追諡される事となる帝です。
醍醐天皇は元慶9(0885)年、源定省=後の宇多天皇)の長男としてこの世に生
を享けました。名は「源維城」。

つまり醍醐天皇は生まれながらの「源氏」=非皇族であった訳です。

そんな彼に転機が訪れたのは、仁和3年のこと。父「源定省」の皇籍復帰・即
位に際し、彼も皇族の一員となり、名を「源維城」から「敦仁(王)」に改めま
した。そして、ェ平元(0889)年に親王宣下を受け、更に同5(0893)年には立太
子、そして前述のように同9年に即位しました。

つまり醍醐天皇は、生まれた時には非皇族であったものの、その後、父の皇籍
復帰に合わせて自らも皇族となり、最後には父帝から皇位を継承した、という
訳です。

醍醐天皇が臣籍にあったのは生まれてからの2年余りであり、物心ついた頃に
は既にれっきとした皇族であった訳ですから、旧宮家の御子孫と一概に比較で
きないことは確かです。

しかし、宇多天皇が臣籍降下の後、皇籍復帰した上で即位したことも、醍醐天
皇が源氏として生を享けながら後に皇籍に入り、父の跡を嗣いで即位したこと
も、紛れもない事実です。

歳月の長短は関係ありません。要は一度臣籍降下した元皇族が皇籍復帰を果た
し、皇位継承資格を得たということが重要なわけです。このような先例がある
以上、旧宮家の皇籍復帰を最初から除外するべきではありません。

元皇族とその御子孫に皇籍復帰を要請した場合、受けるや否かを打診し、その
答えを待ってからでも決して遅くはないはずです。

それすらせずに有識者会議が、慌ただしく女性天皇・女系天皇容認などという
答申を出したのは、とどのつまり怠慢であるわけで、「初めに女帝ありき」の

最初に結論があって、それに単なるお墨付きを与えるだけの茶番の誹りを受け
るのは至極当然であり、有識者会議と皇室改革(改悪)の主導者であった小泉元
総理は、その誹りを決して免れ得ないのです。

                        = この稿おわり =
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┌──────────「老学生さん」50代@男性@専門職@海外 ーーー「旧宮家の皇籍復帰は不可能なのか 竹下義朗さん」の件です。 竹下さんの博識にはいつも啓発されることが多いのですが、今日は参考意見と しての異論です。 過去の記録は勿論重要ですが、それだけだと観念論に陥るのではないかと恐れ ます。天皇あるいは天皇制に意味があるのは、それが日本及び日本人を象徴し ているからです。ーーー私の個人的な経験をお話いたします。 私は、とある外国で生活しておりますが、そこで旧宮家、明治天皇のお孫さん という方と接触がございました。現地で、彼の周囲の人達は彼に対してそのよ うに対応しておりました。 プライバシーの関係で詳しくは書けませんが、その旧宮家の方は、質の悪い日 本人が外国でしそうな現地での違法行為を、罪悪感をあまり感じていないよう に行っていました。私は彼を日本の恥だと感じました。 彼は多分に先祖のおかげで恵まれた環境に育った上、回りの人々も彼をちやほ やするので甘やかされた人生を過ごしてきたのではないかと想像します。 しかし一方、日本の皇族は、恵まれた環境で生きますが他方その責任の重さは 莫大なものがあります。 私の彼との経験から判断すると、旧宮家の人々は、その良いほう、つまり恵ま れた環境で育ったが、その裏側、つまり厳しい責任の下で生きてきたわけでは ないと思います。それで人生を送ってきた人が、途中で急に公を象徴する地位 についてもその重責を果たせるとは到底思えません。 法律さえもちゃんと守れない人間に、日本の代表、それもできれば日本の善を 代表する責任が果たせるはずがないと感じます。 人間には、持って生まれた否定できない才能があります。また環境が人を作る ことも否定できません。また、才能や環境を超えた個人の精進が必要なことも 疑問の余地がありません。旧宮家の人にそれを求めるのは不可能と考えます。 繰り返しになりますが、天皇制に意味があるのは、それが日本を体現している からです。そのためには人材が必要です。 現実を無視してそれに安易に対応したならば、それは天皇制という制度を破壊 することに繋がり、また国を破壊することに繋がる愚策だと恐れます。 └────────── ┌──────────「緑の保守派の尊野ジョーイさん」 ┌-------- 歳月の長短は関係ありません。要は一度臣籍降下した元皇族が皇籍復帰を果た し、皇位継承資格を得たということが重要なわけです。このような先例がある 以上、旧宮家の皇籍復帰を最初から除外するべきではありません。 └-------- これって、今話題の日本郵政の社長人事を例にして使えるんじゃないですか。 「官僚を辞めてから14年なら、もう元官僚ではないのか、何年経っていよう が元官僚には変わりない」とかの議論でね。 それに、「民間」から公務員を募るという流れもありますよね。最初から公務 員である必要はないわけです。 ちなみに私の見解としては、女系天皇(男系女子なら1代だけOK)が誕生した 瞬間、皇統は断絶すると認識しています。その時になって、女系天皇はニセ天 皇であると叫んで、日本で共産革命が起きるのではないかと危惧しています。 奴らも女系天皇に正当性がないことを知っていて、あえて女系天皇容認論を主 張しているのです。ーーーそれに乗せられてしまった小泉元首相の責任は大き いでしょうね、この部分に関する限り。 まあ、贔屓目に見て「勇み足だった」とでも述べておきましょうか。 └────────── ┌──────────「緑の保守派の尊野ジョーイさん」 しかしまあ、欧米人の歴史認識の貧困はヒドイものですね。(−皿−) 突然ですが、デビー(デボラ)・ギブソンというアーティストをご存じでしょう か。 私が中学生の頃≒今から20以上前、高校生ながら、デビュー曲が全米トップ 5に入り、ついには「フーリッシュ・ビート」という曲で全米1位の最年少記 録を打ち立てた、一世を風靡したアメリカの歌手です。 その後、人気は長続きはしなかったのですが、いまでも第一線で活躍している アーティストです。「デビー(デボラ)・ギブソン」 http://chinachips.fc2web.com/tiny/091106.html 中高生の頃、私はデビーに夢中になっていました。 その後、音沙汰がなくなってしまったのですが、最近、彼女のHPを見つけて ブログを開設していることを知りました。 そこにコメントをしているのですが、リンクのURLを竹下義朗さんのHPの 英語版にしてあります。 http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/english/index.html これで、少しでも日本の本当の歴史を知ってくれるアメリカの若者が増えれば と願うばかりです。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
OJIN は英語がダメなので仕方ないんですが、英語のできる人はあのページを どんどん広めてもらえるといいですね〜 http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/english/index.html hideおじさんの「海外ブログは面白い」に出てくる、チャイニーズ系の書き込 みが多い偏向ブログで、例に引いて反論するとかに使ってみたらどうでしょう か。竹下さんも、そういう使い方なら絶対に著作権なんぞと了見の狭いことは 言わないと思います。 チャイニーズ系から反論が山ほどきたとしても、そこをロムってるのはチャイ ニーズ系以外のほうが多いはずですから、かなりの啓蒙に繋がるんじゃないで しょうか。!!頑張ってください!! └──────────
本当にそうだこのとおり!‥‥と思われた方!「誰でもできる!1人1日1回の愛国活 動」は、ここをクリックして頂くことからはじまります!ーーークリックして頂くと票数がアップして、この問題を多くの 人々に知らせる事ができます!
    
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