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歴史から学ぶ現在 ――――――――― by kinny さん
☆ 安倍政権の功と蹉跌の考証 ――――――――――― 2009/10/12
安倍元総理辞任の一日は、思い出すだけで胸の詰まるような一日だった。

人によっては、総辞職より福田総理の誕生を問題視する向きもあるかも知れな
い。そのいずれをも課題と考えて書きたい。

ーーーまず、安倍内閣には重大な使命が三つあった。

言うまでもなく、行革分権、教育改革の断行、憲法改正に向けたレールの敷設
である。いずれもが、責任政党であればとっくの昔に乗り越えていなければな
らない課題ばかりであり、今日まで引きずってきているのは、ひとえに戦後日
本政治の怠慢だったという他はない。

もちろん同時に、いまだに社民党、共産党のような冗談に票を投じる考えなし
な一部国民の問題でもある。安倍内閣はそれら山積した課題の一挙解決を期待
され、満を持して登場した内閣だった。

当面は、小泉さんが序につけた行革を継続しつつ拡大していくことをもっとも
重要な政治テーマとした。なぜなら、まさにこの分野こそ、国民全般が先立つ
選挙で自民党に与えた支持の本質だったからだ。

森永卓郎のような無知ガエルの戯れ事はともかく、わが国は前時代のバケモノ
のような官僚主導中央集権体制を清算していく必要があった。安倍さんはとき
に陣頭指揮をとり、これを熱心にやられた。

後に麻生が、漆原という亡国輩[ばら]の舌先に乗せられ骨抜きにした公務員改
革も、その道筋はほとんど安倍さんが手がけたものだった。正に国民が期待し
た何年越しという仕事を、

「国民によって選ばれてもいない役人輩[ばら]」の舌先三寸によって、土壇場
でひっくり返された渡辺元担当大臣の憤り、失望たるや、想像するだに同情を
禁じ得ない。

とまれ、この分野に関しては、読売新聞とその走狗NHKが、いかに格差デマ
を流しても、安倍内閣を揺るがすことはできなかった。

次に教育改革だが、

日教組による、意味の分からない反日反米偏向の公教育現場を改めていくこと
も急務ながら、当面はダメ教師、適性のない教師の現場排除と再教育を目的と
した制度改革に専念せざるを得なかった。

事態の深刻度は思想の云々を越えていた。

長年の中央集権的な文部省による無責任極まる組織のあり方と、日教組式の去
勢教育・不能教育の現場で、教師集団自体が機能組織であることを失い、すっ
かり共同体化したため、肝心の教師の教育能力そのものが退廃しきっていたの
である。

ーーー国を愛する心や、奉仕する心を育てる以前の話なのだ。

ロクに躾られてもいない産業廃棄物のような子供たちが、不能な教師のタイク
ツ話など聴いていられるハズもなく、何を教えるか以前の問題であった。

つまりこの分野においては、結果的に朝日新聞的反日勢力がすっかり肩すかし
を食らうことになった。さかんに日本の右傾化を言い募ったものの、中身のな
い便所コオロギのおざなり批判に耳を貸すヒマ人は少なかった。

最後に憲法改正だが、

これは手順の法制化のみ議論の対象となり、中身に手を着ける前に政権そのも
のが潰えてしまった。ここはほとんど手つかずで終わっているといっていい。

無論、テーマの重要性はいうまでもないことだ。例えばいま鳩山が「対等な日
米関係」「日米同盟の深化」「アジア共同体構想」などと、片っ端から好きな
ことを並べているが、そのいずれも憲法改正なくしてはどのような中身も持ち
ようのないことなのだ。

「アメリカ人だけが相手のために血を流さなくてはならない同盟」のままで、
いったいナニが「対等」か。法の定めにより、軍備なく、遠征もできない日本
が、どのように「同盟を深化」できるというのか。

当然ながら、独自に軍備を有し、安全保障用途、国家保安用途の法制でつねに
鎧われている周辺国の中にあって、軍備も、ロクな安保法制も持たない日本が
どうやって「アジア共同体」など構成できるというのか。

ーーーすべて、すべてが児戯に類する事柄であり、冗談以上のものではない。

話が横道に反れた。

つまり安倍政権は、国民に約束した通りの作業に向き合い、順次対応している
最中に没したわけで、推進しようとしていた内容に、致命的な錯誤があったわ
けでもなかった。

むしろ錯誤は、安倍政権以降の自民党にこそあり、そのことが保守合同以来の
壊滅的な敗北を招いた。

過ぎてみれば奇妙なことだ。

安倍政権は、年金という、これから清算しようとしていた問題の本質「戦後の
病根」の一部を、なぜか一身に背負い込み、そのイメージを拡大されて沈没し
た。最後には閣僚のバンソウコウまで問題にされたが、完全な戦略上のミスで
あったろう。

もちろん当事者である政府の長という立場は重要だが、これから清算しようと
しているものまで自身でかばい立てする必要はなかった。ロコツな言い方をす
れば、糾弾する側に立てばよかったのである。

小さな建前より、国民との約束を果たす、というより大きな建前をこそ重視す
べきだったのだ。古来、政治の世界ではそれが許されている。すなわち、

「切るべきを切れ」

である。安倍政権は、為すべきを熱心に為した、稀なほど責務に忠実な政権で
あったが、「切るべきを切れなかった」ーーーその一点においてつまづき、後
にそのつまづきを拡大された。

じつに惜しい――――。が、今後は大いに反省の材料としたいものだ。

                        = この稿おわり =
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