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歴史から学ぶ現在 ――――――――― by kinny さん
☆ 心躍らせるものが世を変える ―――――――――― 2010/03/08
大日本史は、おなじみの黄門様、光圀公が始められたものだ。

幕府に献上されたのは享保本だが、その後じつは幕末の立原翠軒、藤田幽谷の
論争に到るまでほとんど手が着けられておらず、日露戦役のころ徳川圀順さん
が完成させた明治本とさえ内容的な差違はほとんどない。

つまり、われわれがいま手にしている大日本史は、幕府に納められたものと、
ほとんど違いがないというわけだ。

この享保本が昌平坂を通じて各藩に行き渡り、幕末志士の慷慨を生むに到る。
もちろん、後に一部で真偽定かならぬものが出回った寛政本も、水戸で大騒動
の原因となった割には内容にさしたる違いがあるわけでもない。

さて、なぜ史書の類を取り上げているかといえば簡単だ。

平田国学の浸透という土台を得、この大日本史と、享保本の後に頼三陽が記し
た日本外史が、われわれの歴史を変えたからだ。

もちろん幕府正統の本朝通鑑では歴史を変えられない。

ーーーそれはなぜか。

じつは、儒学、国学についても似たことが言える。

例えば本居宣長の国学では、歴史を変える直接の原動力にはなり得なかった。
御一新のエネルギー源となるためには、平田篤胤の国学でなければならなかっ
たのだ。

平田篤胤は複雑怪奇と言われるが(少なくとも小生にはよく分からない)、大意
を著した解説本や講本の類を大量に世に出した。これが高度に教養化されてい
た当時の庶民を惹きつけたのだ。

要は、本朝通鑑を読んでも興奮しないのだ。できない、といってよかろう。

もちろん編年体であることも大きい。が、何より世界観に乏しく、庶民の心を
踊らせ、あるいは涙させるようにはできていない。

一方で、大日本史や、日本外史は違った。

タマシイを揺さぶる英雄の言辞や行動に日本中の在野が心躍らせた。

そこには、名分論に基づいた善悪、奸佞と忠義、因果と応報があり、浄瑠璃本
や戦記物によってすっかり庶民に親しまれていた義侠ドラマともいうべき無常
の世界観があった。

彼らは史実を記憶したくて史書に親しんだのではなかった。人間としてどうあ
るべきかを知ろうとしていたのだ。

これまでにもさんざんっぱら書いてきたが、江戸日本の教育は多分に教養偏重
だった。まずは人間として成長するために学問をするのだ。今の言葉で言うな
ら、知識というより知恵に近い。

下は寺子屋から、まず人より学ぶ姿勢を教え込まれるのであって、知識は千字
物往来物、つまり読み書きとソロバン、社交辞令ができればひとまず初等が終
わったようなものだ。

寺子屋ごとにかならず則があり、その則こそが学習内容よりも重視された。と
いうより、学習内容の一部でさえあった。

当時の寺子屋の則は「親類縁者之行来之節急渡逢対可致事」「子供茶番無用事
十一外可勤事」などと、寺子屋内の規則と言い切れないような内容がほとんど
であって、総量も極めて豊富だ。

あくまで教育の中心は道徳の扶養だったということが学則の充実からも見えて
くる。

その後も学問を志す者は、あえて究めて立身し、貧しければ働きながら学ぶの
である。学問をしない者も、浄瑠璃や講談に親しんでさらに教養を磨くのだ。

士庶における学問では、史実としてどうかといったようなことはほとんど問題
にもならなかった。つまり人間としてどうか、ということが、いつでも問題な
のであった。

要は題材があり、人間性の典型を選び出して、自分ならどうする、お前ならど
うする、ということなのだ。

そのようにして学んできた日本人たちが、他世界の人々を驚かせ、後に大いに
感心させた。史実がどうの、といったことを極大化してきた人々に対して、で
ある。

もちろん小生は、教会から派生した西洋流の悟性の学問、分裂の学問を批判し
ようとしているわけではない。ただ明治後、西洋流の学問が日本に導入される
ようになると、

旧来のものが果たしてきた役割をまるで理解しようともせずに、近視眼的な掣
肘を加えたがる輩が目立った。久米邦武などもプチ福沢ともいうべき浅薄の輩
で、
日本外史や大日本史をもってマンガの類だと酷評しているが、さて、そのマン
ガの類がなくて、高田屋嘉兵衛が出現したかどうか。回天が為せたかどうか。
いやそれどころか、近代化後もロシアを制し得たかどうか。

久米の類が盲信し浸透させた、ありがたくも役に立たない知識偏重の学問が、
知恵と教養をあまりに軽視したために、昭和のバ官僚を作り、亡国を招いたの
だ。

敗戦は人間の劣化だった。日本人の劣化が敗戦を招いた。

その中核は、この連中が、人の成り立ちを深く考えもせずひたすら西洋の形骸
だけを導入しては結果的に量産したクイズチャンピオンたちだ。

西洋の学問の背景には真理の探究がある。真理とは、すなわち世界の理であり
主の教えなのである。以前にも書いたが「天ハ人ノ上ニ人ヲ作ラズ」における
「天」をないがしろにする福沢の教育に、社会を良くする知恵が授けられるこ
とはない。

ーーー政治屋はすべて去れ。

そして後継者は、よくよく道理を考えよ。

                        = この稿おわり =
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┌──────────「sarah さん」 鳩……こいつをどう思う? 結論: マリオネットに何を言っても人形使いがいないと何もできない。 あっ!何もしない分だけマシなのか??
└────────── ┌──────────「kinny さんから」
ハト? 瞬時に消失して欲しいね。このハレンチ野郎は外交遊びを優先させや がっただけでなく、最悪なのは、亀屋が始めた官僚埋め込みを認めやがった。 国民と為した最大の約束を放棄して、国民が望んでもいない外交遊びに精を出 すハナクソ野郎!小指の先でひねりつぶしてやりてェよ! ┌-------- マリオネットに何を言っても人形使いがいないと何もできない。 あっ!何もしない分だけマシなのか?? └-------- 小沢同様、「現実認識ゼロ&バカ丸出しの」正三角形論者だからね。まず国民 が切望していた官僚潰しから確実に実行しなければならなかった。それを中途 半端な態度で放棄し、「正三角形推進」 袋だたきにされるべきだろう、こういう脳梅の裏切りザルは。 └────────── ┌──────────「nihonhanihonさん」 実践と学問がちゃんとリンクしていないと、世の役に立たない上に「恰好だけ 西洋人の学問の真似」のせいでボロボロ。 一番最低なのは、全然歴史の内容を語らない「歴史」の授業。歴史力が全然身 に付かず、やたら「西暦年」と「歴史事象インデックス」の組み合わせの記憶 力ばかり鍛えている。 そのようなものを「社会科の授業」などと呼ぶのは完全な誤りで、そのような ものは「暗記科の授業」と呼ぶべきだ。 確かに、専門分野として研究する時には=たとえば農業の道具の歴史とか)、 前後の順番を間違えると、とんでもない結論ができてしまう弊害もあるから、 100%を否定するつもりはないが、最低限「シケタン」風なのはやめろと言 いたい。 ーーーそんなものはお猿さん量産システムでしかない。
└────────── ┌──────────「kinny さんから」
ものごとを原理原則から考えるってことをどこかでやんないと、もうどうにも なんないよ。日本人はそれナシでもまだやってこられたのは、民族として高い 感受性を保ち得てきたから。 昭和16年に始まる新体制運動ドサクサ中央集権で、国民がこれをすっかり喪 失してしまった。バカの群れ相手に中央集権の不能を訴えるのは難しい。(泣) └────────── ┌──────────「愛國音響社さん」 こんにちは。お邪魔します。 少年の頃、ふと手に取ってハマり込み、貪るように読んだ佐藤紅緑「あゝ玉杯 に花うけて」を何となく思い出しました。あの少年たちには、kinny さんの仰 る教養主義が強固な背景として存在していたのではないか、という風に、今に して思われます。 あの小説を今の子供たちに読ませれば済むというものではないかもしれません が、今やほぼ完全に失われてしまった日本人の拠り処というべきものを、私た ちが再び築き上げていかねばならないのかなと考えています。 kinny 公、これからも黙々先生の役割をお願いいたします。m(_"_)m
└────────── ┌──────────「阿比留瑠比さん」
愛國音響社様、横レス失礼します。 「あゝ玉杯に花うけて」…祖父に勧められ、中学1年生のときに読んだのを、 コメントを拝読して思い出しました。実家の本棚にまだあるかも分かりません が、無性に読み返したくなりました。
└────────── ┌──────────「愛國音響社さん」
うわ、横レスありがとうございます。m(_"_)m 私もコメントを書いて、読み返したくなりました。 幸い「青空文庫」に入っているので、ちょっと目を通そうかと思ったのですが なんだかPCの画面で読むのに違和感が強くて、冒頭しばらくで頓挫。古本屋 を渉猟することになりそうです。
└────────── ┌──────────「kinny さんから」
┌-------- あの少年たちには、kinny さんの仰る教養主義が強固な背景として存在してい たのではないか、という風に、今にして思われます。 └-------- いいところを突くねェ、あいかわらず。小生もピンと平仄があったよ。 地域文化の大いなる一形態であった青年団が滅んでいったのは、全国統一化の 動きがさらに革新官僚たちによって赤化されていったからだ。 中央集権というのは、ありとあらゆる愛国の基礎を失わせる。もう数え上げる のがウンザリするほどに、伝統と地域と愛国精神、父母を敬う心をさまよわせ 腐らせていくのが中央集権である。 ┌-------- 今やほぼ完全に失われてしまった日本人の拠り処というべきものを、私た ちが再び築き上げていかねばならないのかなと考えています。 └-------- 地域を国民の手に取り戻させるしかない。でないと、本当の誇りなんて保ちよ うがない。赤化以前のように、地域毎に財源、行政権と価値の決定権=メディ アにおける編成権限)を渡していかないと、 東京の文化やプライドは権限に守られた、ニセモノのだらしない水ぶくれにな るし=だから日本のクリエイティブは世界から認められてない)地域は立ち枯 れに枯れていくばかりだ。 ┌-------- kinny 公、これからも黙々先生の役割をお願いいたします。m(_"_)m └-------- 過分なお申し出、ありがたいやら、もったいないやら、、忙しくなるのでしば らく凍結人間or一言居士になるけど、たまには遊びに来てね。(笑) └────────── ┌──────────「kikutaroさん」 ┌-------- 人間として成長するために学問をするのだ └-------- 学校の先生に望むこと、=それはこのような命題を子供達に叩き込むことだと 言っても、大袈裟な話、過言ではないと思っています。 学び続ける必要性とか有用性、それをいかに説得力のある言葉で子供達に伝授 できるのか、そこに教師としての価値が問われるのではないかと考えます。 知識には賞味期限がありますが、勉学の心構えや気構えは真に身につけさえす れば恒久的な価値があると思います。ひいては、そういう姿勢を一人一人の国 民が持つことが、これからのこの国の課題であるかもしれません。
└────────── ┌──────────「kinny さんから」
すばらしい喝破だね。絶対的な信仰のない日本での学問とは、一代で意味をな すものではなく、何代も受け継いでいくことによって、社会全体として価値を 出していこうというものだ。 ===われわれは長くも尊い鎖のひとつなんだよ。それは教育勅語でも切々と 表現されている。ーーーその鎖の結びつきが解かれてしまった。 小生は結論を見出しているつもりになっているのだが、残念なのは愚かな社会 に施す方法がなかなか見つけられないのだ。 ┌-------- 学び続ける必要性とか有用性、それをいかに説得力のある言葉で子供達に伝授 できるのか、そこに教師としての価値が問われるのではないかと考えます。 └-------- 親が遥かな壁であるなら、教師は道具の貸し手であり、価値の伝道師だ。だか ら全額国費の師範学校も復活させればいいと小生は思っている。 最強の教師を養成していかないと、或いは、もっともあこがれられる職業に教 師を育てていかないと、もはや通常の手段では教育の再興は難しいよ。=親が シツケをしていない。よほどの教師でないと子供を指導できないのが今の現状 だ。 行革、地方分権、地域の再興、スーパー教師の養成、堕落親の切り離しと教育 の再興、これらが成って、はじめて「愛国」「誇りの持てる国づくり」という 宝石を手にすることができる。 ーーー中央集権論者は、この当たり前を理解する感受性に欠けているのだ。 └────────── ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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